「串カツ」と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?
「安くて、早くて、ビールに合うB級グルメ」――そんな常識を根底から覆し、串カツを「芸術的な日本料理」へと昇華させた男がいます。
それが、兵庫県芦屋市に店を構える「串かつあーぼん」の店主、長谷川勤(はせがわ つとむ)さんです。
2026年現在、74歳。ミシュラン一つ星を6年連続で獲得し、テレビ番組『情熱大陸』では「日本一予約が取れない串カツ職人」として紹介され、大きな反響を呼びました。

なぜ彼の揚げる串は、全国から食通が押し寄せるほどの人を引きつけるのでしょうか?
その裏側には、中学卒業から始まった「50年以上の波乱万丈な経歴」と、執念とも言える「一串へのこだわり」がありました。
はじめに:情熱大陸が捉えた「串カツの異端児」長谷川勤とは?

長谷川勤さんは「庶民の味である串カツを、高級料亭のレベルまで引き上げた先駆者」です。
単に高級な食材を使うだけではありません。長谷川さんの手にかかれば、串カツは「重くて油っこいもの」から、「何本食べても胃もたれせず、香りが鼻を抜けるコース料理」へと変貌します。
| 項目 | 詳細 |
| 店名 | 串かつあーぼん(兵庫県芦屋市) |
| 主な実績 | ミシュランガイド一つ星(2011年〜6年連続) |
| 異名 | 串カツ界の異端児、日本一予約が取れない職人 |
| 最大の特徴 | 「衣が口の中で消える」極限の軽さと日本料理の技法 |
番組『情熱大陸』の密着取材では、厨房で見せる鬼気迫るような職人の顔と、客席で見せる柔らかな笑顔のギャップが話題になりましたね。
【異色の経歴】長谷川勤が串カツ職人になるまでの波乱万丈な歩み

長谷川さんの経歴は、最初から「串カツ一本」だったわけではありません。実は、本格的な「日本料理(和食)」の叩き上げという、串カツ職人としては非常に珍しいバックボーンを持っています。
意外な前職?串カツの道へ進むきっかけとなった「人生の転機」
長谷川さんは1952年、島根県に生まれ、兵庫県尼崎市で育ちました。彼の料理人人生のスタートは非常に早く、中学卒業と同時に料亭へ見習いとして入ったのです。
- 10代〜30代: 大阪などの一流日本料理店で、板前として厳しい修業を積む。
- 転機(40歳): 「庶民の味である串カツに、自分が培った料亭の技を生かせないか?」という逆転の発想。
- 1011年〜: 芦屋に「串かつあーぼん」を開店。
当時、和食の職人が串カツ店を開くというのは、周囲から見れば「格落ち」と捉えられかねない挑戦でした。しかし長谷川さんには、「串カツにはもっと可能性がある」という確信があったのですね。
どん底からの脱出。修業時代に学んだ「一串」へのこだわり
日本料理の世界で学んだのは、単なる味付けではありません。「素材を殺さない包丁捌き」「火入れのタイミング」「出汁の引き方」といった、繊細な感覚です。
長谷川さんは、この「和食の真髄」を串カツに落とし込みました。例えば、単に肉を揚げるのではなく、その肉が最も美味しくなる厚みにカットし、最も香りが立つ温度の油にくぐらせる。この徹底した「一串へのこだわり」が、他の店とは一線を画す「あーぼん流」を生み出したのです。
『情熱大陸』で話題!長谷川勤が守り続ける「唯一無二の串カツ哲学」
長谷川さんが信条としているのは、「串カツを安くて重い揚げ物から、軽くて香り高いコース料理に変えること」です。
既存の概念を覆す?素材選びと揚げの技術に隠された秘密
あーぼんの串カツを食べた客は、一様に「えっ、今食べたっけ?」と驚きます。それは、衣が口に入れた瞬間に消えてしまうほど薄く、軽いからです。
- 独自ブレンドの油: オランダ産ラードなどを独自に配合。香りを立たせつつ、キレの良さを追求。
- 秒単位の火入れ: 季節や室温、ネタの水分量を見極め、揚げる時間を秒単位で調整。
- 衣の設計: 素材の香りを閉じ込めつつ、油の重さを感じさせない極薄の衣。
番組が暴いた、厨房で見せる「職人の顔」と「意外な素顔」
『情熱大陸』のカメラは、長谷川さんのストイックな一面を捉えていました。
厨房ではほとんど無駄口を叩かず、一挙手一投足がルーティン化されています。しかし、一歩厨房を出れば、常連客と冗談を言い合い、スタッフを温かく見守る「人情派」の顔が現れます。
現在、病気とも闘いながらカウンターに立ち続ける長谷川さん。「まだまだ揚げたい」と語るその瞳は、修業時代の少年のような純粋さを失っていませんね。
なぜ予約が取れない?長谷川勤の店が愛される3つの理由

「串かつあーぼん」の予約電話は、受付開始とともに回線がパンク状態になります。なぜここまで人々を惹きつけるのか、その理由は大きく3つに集約されます。
1. もたれない軽さと驚きのネタ構成
「あーぼん」のコースは、何十本と続きますが、不思議なことに最後まで「重さ」を感じません。
ネタは、厳選された肉や魚介はもちろん、フォアグラやトリュフといった洋の食材に和の技法を組み合わせた創作串まで、驚きに満ちています。
2. 丁寧で温かい接客
高級店でありながら、決して敷居の高さを感じさせないのが長谷川流です。
初めてのお客さんには、「これは塩で食べてくださいね」とさりげなく、かつ丁寧にアドバイス。客の食べるペースを完璧に読み、絶妙な「間合い」で次の一本を提供します。
3. 圧倒的なコストパフォーマンス
ミシュラン一つ星、これだけの技術と高級食材を使いながら、コース価格は1万円前後に抑えられています。
「美味しいものを、手の届く価格で」という、尼崎育ちの長谷川さんらしい庶民への愛が感じられますね。
長谷川勤の挑戦は続く。次なる夢と「串カツ界」への想い

74歳という年齢、そして病を経験してもなお、長谷川さんの探究心は衰えることを知りません。
飽くなき探究心と新メニュー
今でも「まだ完成形ではない」と言い切り、新しい油の配合や、これまで使わなかった食材との組み合わせを試し続けています。この「現状維持は退化と同じ」という姿勢こそが、彼をトップランナーたらしめている理由です。
若い世代へのメッセージ
長谷川さんはこう語ります。「若い料理人に、串カツというジャンルでも世界で勝負できるんだという場を残したい」。
串カツを「安さ」だけで評価するのではなく、「技術と哲学が宿る日本文化」として次世代にバトンを繋ごうとしています。
【筆者の視点】長谷川勤氏の生き様から学ぶ「情熱」の守り方
ここからは、私が長谷川勤さんの歩みを分析して感じた、「現代人が忘れてしまった大切な視点」についてお話ししますね。
長谷川さんの生き様は、「一点突破の美学」そのものです。
今の世の中、副業やパラレルキャリアなど「広く浅く」が推奨されがちですが、長谷川さんは中学卒業から70代まで、一貫して「食材に火を入れる」という行為を突き詰めてきました。
- トレンドに流されない: 周囲がどんな料理を流行らせようとも、自分は「串カツ」という軸を動かさない。
- 過去の自分を超える: 74歳にして「まだ未完成」と言える謙虚さと貪欲さ。
これこそが、情報過多な現代において私たちが最も見失いやすく、かつ最も必要な「情熱の守り方」ではないでしょうか。
「庶民の味でも、徹底的に磨き上げれば、世界を感動させる芸術になる」――この事実は、あらゆる分野で働く人にとって、これ以上ない勇気を与えてくれますよね。
まとめ:串カツに人生を捧げた男・長谷川勤のドラマは終わらない
今回は、「串かつあーぼん」の店主、長谷川勤さんについて深掘りしてきました。
- 経歴: 中学卒業から日本料理で修業し、40歳で串カツ界へ転身した「異色の職人」。
- 実力: ミシュラン一つ星を6年連続獲得し、情熱大陸でも絶賛された「日本一予約困難な店」。
- 哲学: 「軽さ」と「香り」を追求し、串カツを料理の域まで高めた。
- 人間性: ストイックな職人魂と、病に負けない強靭な精神。
長谷川さんの揚げる一串は、単なる食べ物ではなく、彼の74年の人生そのものが凝縮された「作品」です。もし運良く予約が取れたなら、その時はぜひ、衣の消える瞬間の「音」と「香り」に集中して、彼の人生のドラマを味わってみてください。


